朝のサンライトモールは、まだ眠たげな光を纏っている。
やわらかな日差しの中、喫茶ひまわりの店主
[のあ]は、いつものようにポストに向かっていた。
「さて、今日もお手紙回収の時間ですっ」
そう呟きながら庭のポストを開けた瞬間、ノアは目を丸くした。
「うわっ、すごい量!モールのみんな大人気だなぁ~。」
中には、ぎっしりと詰まった手紙の山。
サンライトモールの各店舗宛の封筒が、今にも溢れそうになっている。
のあは一枚一枚、丁寧に数えていく。
「…いち、に、さん…」
小さな指で慎重に数えた結果。
「38通!よーし、帰ってみんなに配らなくちゃ!」
のあは満足げに頷き、手紙を両手いっぱいに抱えてモールの中へと歩き出した。
「たかが紙とはいえ、重すぎるのよ…あっ、もうこんな時間、急がなくちゃ!」
その時――
朝の風がひらりと一枚の手紙を掬い上げる。
一枚…また一枚と…
まるで、零れ落ちる砂時計の砂のように。
その様子を、少し離れた場所から見つめる影がひとつ
「…ふふ」
”落としたの?それとも選ばれたのかしら…
全てが届くなんて、少し退屈すぎるわよね。”|
その頃
店に戻ったのあは、改めて手紙を数え直していた。
「あれっ?30…しかない?」
のあの表情がとたんに曇る。
「うそっ落とした?えっ?8枚も?そんなに豪快に落として気づかないとかありえないでしょ…」
さっきまで確かに38通あった手紙が、8通も減っている。
「な、ない!手紙がないよぉぉぉぉぉ!」
モール中に響く大騒ぎ。
その声に、オーナー[ナナ]がやってくる。
「朝からまた、随分と賑やかだね~」
「ナナさん、手紙が!手紙が減ってて!30しか無くて!」
半泣きで訴えるのあに、ナナは少し苦笑いしながらモールの玄関の方を指さした。
「一枚は入り口のドアに挟まってたわよ。」
ひらりと一枚の手紙を差し出す。
そこには、見覚えのある金色の封印。
『風に攫われた8つの想いはいただいたわ♡
全てモールのどこかに隠してあるの。
最初のヒントは【小さなサンライトモール】
あなた達なら見つけられるかしら?
怪盗マダム♡』
一瞬の静寂。
「また来たか…怪盗マダム」
ナナが呟くと、モールのあちこちから顔が覗く。
「怪盗マダム?むぅー!またしてもやられた!」
駆け寄ってきた[まろ]が悔しそうに地団太を踏む。
困り顔の[れい]と[ぷりん]は
「えー応募した懸賞の結果かな?」
「うぅ…アイスマンのコンサートのチケットが無いラビ…」
[バレット]と[アクセル]は、やれやれといった表情で肩をすくめる。
「あらおもしろそうじゃない。やるしかないんじゃない?」
紅茶を飲みながら[シリナ]が微笑む。
こうしてサンライトモールは、お客さんを巻き込んで手紙大捜索が始まった。
「最初のヒントは…小さなサンライトモール?」
のあが予告状を見つめていると、まろがぱっと顔を上げた。
「隣の別館だ!」
最初のヒントを頼りに、スタッフ達はすぐに動き出した。
「みなさーん!手紙探し、手伝ってくださーい!」
のあの呼びかけに、お客さんたちも集まって来る。
頭を寄せ合って考える人、閃いて駆け出す人。
サンライトモールはたちまち、いつもとは違う賑わいに包まれた。
「わかった!……っと思ったんだけどなぁ」
まろが首を捻る横で、れいがヒントを読み返す。
「待って。これ、そういう意味じゃないのかも」
「こっちも一緒に考えてほしいラビ!」
バレットとアクセルもお客さん達と声を掛け合い、ナナは張り切る皆を見守りながら、あちこち助っ人に回っていた。
「あったよー!」
歓声が上がるたび、のあが顔を輝かせて駆け寄る。
「ありがとうございますっ!あと何通だっけ…?」
「のあちゃん、そこはしっかり数えてねー」
笑い声と、悩まし気な唸り声。
怪盗マダムに振り回されながらも、手紙は少しずつ集まっていった。
そして最後の一通が見つかった瞬間、モールにはその日一番の歓声が響いた。
夕暮れ。
サンライトモールは、昼間の喧騒が嘘のように穏やかな空気に包まれていた。
オレンジ色の夕日が、ひまわりの窓を染め、店内にはどこか達成感の余韻が漂っている。
「全部集まったわね…」
のあがテーブルの上に並べられた手紙を見つめる。
あの[消えた8通]は、モールのあちこちから無事に見つけ出された。
椅子の影、棚の裏、整えられた植え込みの中。
誰もが見過ごしそうな場所に、ひっそりと。
「まさか、こんなとこに隠すなんてねー」
ナナが腕を組みながら笑う。
「これで完全勝利!怪盗マダムにリベンジ成功だね!」
まろは最後の一通を掲げて、誇らしげに言う。
「ねぇ、本当に[勝ち]なのかなぁ…」
ふと、静かにれいのつぶやきが響く。
和やかだった空気が、ほんの少し揺れ始めた。
「えっ?」
のあが首をかしげたその時。
――カサリ。
テーブルの上、集めたはずの手紙の山から、一通の手紙がひとりでに滑り出る。
ゆっくりと。
まるで、舞台に上がる主役のように。
そこには、見覚えのある金色の封印。
「……また?」
ナナが苦笑しながら呟く。
『お見事♡
全部見つけてしまうなんて、
やっぱり退屈しない子たちね
でもね
【返した】なんて
ひとことも言ってないのよ
あなたたちが見つけたのは
本当に【元の手紙】だったのかしら|?
ふふ
次はもう少し面白い遊びにしましょう
怪盗マダム♡』
沈黙。
というよりは、全員があっけにとらている。
「はぁっ?」
まろがぽかんと口を開ける。
のあは慌てて手紙を一枚手に取る。
別の一枚、さらにもう一枚。
「あれ?」
どれもがいつもと同じ、なんの変哲もない封筒に見える。
バレットが、マダムの手紙へ目を落とした。
「……何を確かめさせたいんだろうな」
アクセルは一通を手に取り、裏返した。
「見たところ、変わりはなさそうだけど……」
のあは手元の封筒を見つめた。
さっきまで取り戻せたと喜んでいたものが、急によく知らないものに思えた。
ナナはゆっくりと笑った。
「なるほどねぇ……これはまだ続きがあるってわけか」
窓の外。
先ほどまでの夕焼けが、夜の青に染まり始めた空に、一瞬だけ影が揺れた気がした。
ひんやりとした風が、そっとモールを通り抜ける。
まるで、次のゲームの始まりを囁くように。
ようやく一件落着。
そう思った矢先に残されたのは、新たな謎だった。
夜のサンライトモール。
一日の終わりには、決まってみんなが喫茶ひまわりに集まる。
誰かが今日の出来事を話し始めれば、次々と声が重なり、賑やかな笑い声が響く。
けれど今夜は、みんな席についているのに、会話はぽつりぽつりと途切れてしまう。
カウンターに並べられた手紙たち。
取り戻したはずの三十八通。
のあはその中から一通を手に取り、中の便箋を広げた。
「……やっぱり、おかしいよ」
首をかしげ、文字へ顔を近づける。
「この字……いつもと違うような気がするの」
「それ、気のせいじゃないと思うよ」
れいが隣から覗き込み、便箋の一か所を指差した。
「ほら、ここ。丸い字の下に、尖った線が見えない?」
まろが身を乗り出す。
「えっ、それってどういうこと……?」
「誰かが手を加えたラビ?」
ぷりんの長い耳が、不安げに傾いた。
みんなの視線が、のあの手元へ集まる。
ナナは腕を組みながら、ふっと笑った。
「なるほどね。取り戻したって喜ぶところまで、あの人の思い通りか……」
アクセルが便箋を受け取り、灯りにかざす。
すると――
「……文字が、もう一つある」
「えっ」
のあが覗き込むと、薄く見えていた線が、別の文字として浮かび上がった。
けれど、便箋がわずかに傾くと、また見えなくなってしまう。
まるで、一通の手紙の中に、もう一通が隠されているようだった。
「……最初から、二重になってたってこと?」
その瞬間。
――コン。
小さな音に、みんなが顔を上げた。
喫茶ひまわりの入口越しに見える、モール中央のステージ。
誰もいないその上に、一通の封筒が置かれている。
金色の封印。
「……来たね」
ナナがゆっくりと歩み寄る。
封筒を拾い上げ、みんなの待つカウンターへ戻った。
封を切る音が、やけに大きく聞こえた。
ナナから便箋を受け取ると、のあはそこに並ぶ文字を読み上げた。
『気づいてしまったのね♡
そう、あなたたちが集めた手紙は
“本物”であり、“偽物”でもあるの
だって――
想いはひとつとは限らないでしょう?
表に書かれた言葉と
隠された本音
どちらが本当かなんて、誰にも決められないわ
だから今回は――
“選んで”ちょうだい♡
次のヒントは
【光を重ねる場所】
そこに、本当に必要な“8つ”を用意したわ
見抜けるかしら?
――怪盗マダム♡』
誰かが、かすかに息をのむ音がした。
今度は、誰もすぐに言葉を出せなかった。
「……選ぶって、どういうこと?」
のあの声は、少しだけ震えている。
まろはカウンターの手紙を見渡した。
「本物と偽物を見分けろってこと……?」
れいが、予告状へ目を落とす。
「そうかな。“どちらが本当か、誰にも決められない”って書いてあるよ」
「じゃあ、どうやって選ぶのさ……」
まろが眉を寄せる横で、バレットは文字の重なった便箋を見つめた。
「まずは、何が書かれているのか確かめたいな」
アクセルが頷く。
「選ぶのは、それからだね」
ナナは、口元にいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「いいじゃない。何を選ばせたいのか、見に行こうか」
のあは顔を上げた。
ナナの目は、すでに次のゲームを見据えている。
「サンライトモール、第二ラウンドってわけだね」
窓の向こうで、夜の闇がかすかに揺れた。
誰かが、こちらの答えを待っている。
そんな気がして、のあは目を凝らした。
けれど、そこには誰の姿もない。
忍び込んだ夜風が、また一枚の封筒を揺らした。
まるで、選ばれるのを待つように。
