朝の喫茶ひまわりには、いつも通り柔らかな陽光と、ほんのり甘い焼き菓子の香りが漂っていた。
しかしその朝、店主のあは、カウンターに立つなり「……あれ?」と首をかしげた。
「椅子が……ひとつ、違う……?」
いつも揃っているはずのシラディハ様式のチェア。その中に、ひとつだけ妙に質素な、茶色の木製の椅子が混ざっている。
「朝、店に来たらこうなってたの。ひとつ消えてて、代わりにこれが置いてあって……どうしよう、営業前なのに」
のあが困ったように眉を下げると、隣で紅茶を啜っていたまろちゃんが、目をきらりと光らせた。
「これはもしや―事件、まろちゃ事件の匂いがする!」
「はいはい、また始まったわね」
写真館アプカルの店主しりなが、くすりと笑いながらスプーンを回す。
「でも確かに、ちょっと不思議ね。まるで《怪盗マダム》の仕業みたい」
「怪盗マダム?」
「昔、アンティーク家具を狙っては謎を残して消える……って噂があったのよ。もちろんおとぎ話だけどね」
そんな冗談めいた会話をしているところに、店の扉が勢いよく開いた。
「おはよー、みんな!」
明るく現れたのは、サンライトモールのオーナー、ナナだった。
「ねぇ、ちょっとこれ見てよ。朝ポストに入ってたの」
差し出された封筒には、煌びやかな金色のリボンと香水の香り。そして中には、優雅な筆跡でこう書かれていた。
『うふふ 喫茶ひまわりの椅子(仮)を1脚頂いたわ♡
ヒントをあげるから探してごらんなさい♡
怪盗マダム』
「……え、えぇぇぇ?」
のあが悲鳴のような声を上げた。
「椅子、盗まれたってこと?しかも(仮)って何?」
「うふふ、だって♡とか書いてあるよ! これは本格的に面白い事件だよ!」
まろちゃんはもう、椅子そっちのけでワクワクしている。
「まろちゃん、遊びじゃないのよ?」
「でも、せっかくだからみんなで探しましょ。ね、ナナちゃん」
しりなが微笑むと、ナナは苦笑いしながら頷いた。
「そうだね。営業前に見つけちゃおう。うちのアクセルとバレさんにも声をかけるわ」
こうして、サンライトモール総出の《椅子捜索大作戦》が始まった。
RandomWeather(ダイスクジ)の店先では、バレさんがのんびりとクジの山をひっくり返し、
「マダムの挑戦状…… あぁ、つまりダイスを振れってことかね」
と首をかしげていた。
アプカル写真館では、ぷりんがレンズ越しに椅子を探しながら、
「ここにもないラビ~……あっ、カメラの三脚が倒れたラビ!」
とドタバタ。
ボドゲカフェまーぷるでは、れいが冷静にマダムからのメッセージを眺めながら、
「どうしてマダムはひまわりの椅子なんか盗んだんだろ? つまり……」
「つまり! まろちゃが勝つということだねー!」
「いや違う。」
そして日が暮れても、椅子は見つからなかった。
「うぅ……どうしよう、明日もう営業日なのに……」
のあが肩を落とすと、ナナがぽんと背中を叩いた。
「うん、じゃあこうしよう。明日モールに来てくれるお客さんにも、協力してもらおうよ!」
そうして迎えたサンライトモール営業日前日――。
モールのウェルカムボードに、再び怪盗マダムからのメッセージが現れた。
『うふふ♡ここにも落書きしちゃうわ♡あら、椅子をお探しかしら♪
今日も花火が綺麗ね♡ 怪盗マダム♡』
モールを訪れた冒険者たちは、店主たちと共に謎解きに挑戦した。
笑い声と歓声、ひらめきの声が飛び交い――。
そして夕暮れ時、サンライトモール地下の片隅。
ステンドグラスの光が差す小さな一室から、ひっそりと姿を現したのは――
失われた喫茶ひまわりの椅子だった。
「見つけた……!」
のあが思わず目を潤ませると、まろが満足げに両手を広げた。
「これぞ、まろちゃ探偵団の勝利だね!」
「まろちゃ探偵団っていつできたのよ……」
しりなが笑いながらツッコミを入れ、ナナがふっと微笑む。
椅子の座面には、金色の刺繍糸でひとこと。
『また遊びましょう♡ 怪盗マダム』
――そして誰もがまだ知らない、新しい物語が、そっと動き出していた。